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大阪地方裁判所 昭和29年(行)67号 判決

原告 笹谷豊

被告 国・大阪府知事

主文

一、本訴のうち、被告国との間で、買収計画及び買収処分が無効であることの確認を求める訴、被告大阪府知事との間で、買収計画が無効であることの確認を求める訴、同被告に対し抹消登記手続を求める訴を、いずれも却下する。

二、本訴のうち、被告大阪府知事との間で、買収処分が無効であることの確認を求める訴につき、その請求を棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告両名との間で、別紙物件表記載の各土地につき、大阪府泉北郡高石町農地委員会の定めた買収計画、およびこれに基き被告大阪府知事のなした買収処分が、いずれも無効であることを確認する。被告大阪府知事は原告に対し、(一)別紙物件表記載の(ロ)の土地につき、昭和二七年九月一七日受付第四八八九号による、昭和二五年七月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡を原因とする大阪府泉北郡高石町羽衣八〇三番地日根浅吉のための所有権取得登記、(二)同(ハ)の土地につき、昭和二七年九月一七日受付第四八八九号による、昭和二五年七月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡を原因とする大阪府泉北郡高石町新六五番地中野浅吉のための所有権取得登記、の各抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。すなわち、

「別紙物件表記載の各土地は原告の所有であるところ、大阪府泉北郡高石町農地委員会(以下単に高石町農委という。)は、本件各土地を自作農創設特別措置法(以下単に自創法という。)第三条第一項第一号に該当する農地として、同法に基き、うち(イ)、(ロ)の土地につき昭和二三年一〇月二日、うち(ハ)の土地につき昭和二五年七月二日をそれぞれ買収の時期とする買収計画を定め、被告府知事は、右買収計画に基いてそれぞれ買収令書を発行し、原告は、右各買収の時期の半年ないし一年位後に、それぞれ買収令書を受領した。そして被告府知事は、請求の趣旨記載のとおり、自創法第一六条により(ロ)の土地を日根浅吉に、(ハ)の土地を中野浅吉に、いずれも売り渡し、その旨の所有権取得登記を了した。

しかし、本件の買収計画、買収処分には次のような無効原因がある。

(一)  本件各土地は自創法第二条にいう農地ではない。本件各土地は南海電車羽衣駅の東南約三丁のところに位し、周囲は住宅街に囲繞せられ、丘綾高燥地帯で交通の便もよく、保健衛生上最も快適な住宅地である。原告は、住宅の敷地に供する目的で本件各土地を所有し、かつ、住宅築造に着手したところ、丁度戦時中のこととて建築資材も統制せられ、建築することができず、やむをえず建築可能の時期を待つていた。もつとも、買収当時本件各土地にいくらかの野菜が栽培されていたことはあつたが、もともと本件各土地は耕作を目的とする土地ではなく、かつ、周囲の環境上、相当期間耕作を継続することの許されないもので、農地の性格を有しない。現に、昭和二五年頃(ロ)の土地は東羽衣小学校の運動場の敷地となつている。

(二)  かりに本件各土地が農地であるとしても、小作地ではない。原告は、本件各土地をその買受人である日根浅吉、中野浅吉らに賃貸したことも、使用貸借させたこともない。もちろん、永小作権、地上権、質権等を設定したこともない。

(三)  かりに本件各土地が農地であるとしても、本件各土地は、前述のとおり、高石町の将来の発展性膨脹性に徴し、市民の住宅地として必然的に確保さるべき環境にあり、かつ、農耕地として利用するよりも宅地として利用する方が、国家社会に対し稗益するところがはるかに大であつて、継続して耕作することがその環境上許されないことを綜合考察すると、このような土地につき自作農を創設することは非常識といわなければならない。そして前記のように、すでに一部の土地が農地以外の用途に供されていることから見ても、本件各土地は、自創法第五条第五号により、「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として、高石町農委または大阪府農地委員会において、買収除外の指定をすべきものであり、これが指定をしなかつたのは違法である。

(四)  買収計画は、市町村農地委員会において、自創法の定めるところに従い、買収さるべき農地の地番、地目、現況、地積、所有者の氏名、買収対価等につき審議し、その適法な決議によりこれを定めなければならない。ところが、高石町農委の本件買収計画のうち、

(1)  まず(イ)(ロ)の土地に対する買収計画においては、その計画樹立の委員会の決議書が存在せず、結局、同委員会の決議が存在しないというべきであるから、かかる決議に基かない右買収計画は違法であり、また、

(2)  次に、(ハ)の土地に対する買収計画においては、その計画樹立の委員会の議事録には、買収の対象となるべき農地の地番、地積、地目、現況等これを特定するに足る具体的な記載がなく、同委員会においてこれらの点につき審議されたものでないことが明白であり、かかるその対象を特定しない決議に基く右買収計画は違法である。

以上のような違法があるから本件買収計画及び買収処分はいずれも当然無効であり、従つて、これに基く売渡処分もまたその効力がない。

そこで、被告両名との間で、本件買収計画及び買収処分が無効であることの確認と、被告府知事に対し売渡による所有権取得登記の抹消登記手続を求める。」と述べ、被告両名の主張に対し、「昭和二一年二月二八日当時本件各土地は農地ではなかつた。」

と述べた。

被告両名は、本案前の申立として、「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

「本件各土地はいずれも農地であり、従前、東京都杉並区高円寺四丁目五三八番地難波田文子の所有であつたのを、昭和二一年二月二八日原告が同人から買い受けたものであるが、右売買につき地方長官また市町村長の認可を得ていないから、当時施行されていた農地調整法(昭和二一年法律第四二号による改正前の農地調整法)第五条により右売買は無効であり、原告はその所有権を取得しなかつたものである。従つて、所有者でない原告は、本件各土地に対する買収計画、買収処分の無効を主張して出訴する法律上の利益を有しないから、本訴は不適法として却下さるべきである。」と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「原告主張の事実のうち、高石町農委が、原告主張のとおり、原告を所有者として各買収計画を定め、被告府知事がこれに基き各買収処分をした上、日根浅吉、中野浅吉に対しそれぞれ売渡による所有権取得登記を了したこと、原告に対しそれぞれ買収令書を交付したこと(ただし、交付の時期は、各買収の行われた年内である。)、本件各土地が羽衣駅の東南約三丁のところに位すること、(イ)(ロ)の土地に対する買収計画樹立の委員会の議事録が現存しないこと、はいずれも認めるが、そのほかの事実はすべて争う本件各土地は買収当時いずれも農地である。農地であるかどうかは、買収当時現に耕作の目的に供されていたかどうかによつて判定されるのであり、所有者の所有の目的、周囲の環境等により左右されるものではない。本件各土地はいずれも当時水田として耕作の用に供されていたものである(なお、(ロ)の土地が運動場の敷地となつたのは、買収、売渡後のことで、昭和二六年一〇月その工事が開始され、昭和二七年三月完成した。)。次に、本件土地のうち、(イ)(ロ)の土地は、中村直二が所有者難波田文子から借り受けて耕作し、(ハ)の土地は、中野浅吉が所有者難波田文子から賃借耕作していたもので、いずれも小作地である。かりに、原告主張のとおり本件各土地が有効に原告の所有となつたものとしても、(イ)(ロ)の土地は、中村直二が原告から、「地主がその地上に家を建てるまでの間」という約束で、引き続き借り受け耕作していたものであり、また、(ハ)の土地は、中野浅吉が引き続いて原告から賃借耕作していたもので、いずれも小作地である。なお、右の原告と耕作者との間の法律上の小作関係が認められないとしても、少くとも右耕作者等は、外形上、不在地主の土地を平穏かつ公然と耕作していたのであるから、これを小作地として買収することは、違法であるかも知れないが、当然無効なものとはいえない。さらに、本件各土地は、買収当時いずれも自創法第五条第五号により買収除外の指定を受けるべき土地ではなかつたし、かりに、右の指定を受けるべき土地であつたとしても、これが指定をしないでした買収は、違法として取り消さるべきものであるにとどまり、当然無効なものであるとはいえない。原告の本訴請求は失当である。」と述べた。

(立証省略)

理由

第一、原告は、国及び大阪府知事を被告として、この両名との間で、高石町農委の定めた買収計画と被告府知事のなした買収処分がいずれも無効であることの確認を求めているのであるが、このような行政処分無効確認訴訟においては、何人を被告とすべきであるか。本案の判断に入るに先き立ち、まず右被告適格の点について判断する。

行政処分の無効確認訴訟において何人を被告とすべきであるか、については、学説及び従来の裁判例において、必ずしも一定していないのであつて、あるいは、これをもつて行政事件訴訟特例法(以下単に特例法という。)第一条にいう「その他公法上の権利関係に関する訴訟」(いわゆる公法上の当事者訴訟)にあたると解し、法律効果の帰属者であり権利主体である国または公共団体を被告とすべきである、とし、あるいは、これを同法第一条にいう「行政庁の違法な処分の取消または変更にかかる訴訟」(いわゆる抗告訴訟ないし取消訴訟)またはこれに類似する訴訟にあたると解し、同法第三条に準じ行政庁をもつて被告とすべきである、とし、あるいは本則として権利主体もしくは行政庁のいずれか一方を被告とすべきであるとしながら、行政庁もしくは権利主体を被告とすることも許される、としているものである。

思うに、無効原因たる重大かつ明白な瑕疵を有する行政処分は、もとよりその目的とする法律効果を発生しないのであるから、およそこれに利害関係を有する者は、何人もその無効を主張しうるのに反し、単に取消原因にすぎない瑕疵を有する行政処分は、取消訴訟によるなど権限のある機関により適法に取消されるまでは一応その効力を保有し、いわゆる公定力ないし適法性の推定を受け、取り消されることによつて初めて、処分の当初にさかのぼつて無効に帰するのであるから、無効な行政処分と取り消しうべき行政処分とはもちろん異なるけれども、当該瑕疵が無効原因にあたるかそれとも単に取消原因にすぎないか、の区別は、一般的標準としてはともかく、具体的な場合において必ずしも明確ではないし、また、取り消しうべき行政処分も、一旦これが適法に取り消された以上、当初にさかのぼつて無効に帰するのであるから、当初から無効な行政処分と取消によつて当初にさかのぼつて無効に帰した行政処分との間に、その法律効果において異なるところはない。そうして、取消訴訟といい無効確認訴訟といつても、一つは形成訴訟、他は確認訴訟という類型上の差異はあつても、ともに、行政処分により自己の権利または法律上の利益を害された原告が、当該行政処分の瑕疵を主張してその効力を争うもので、その点において、両者はその本質を同じうし、その限りにおいて、無効確認訴訟は、取消訴訟に準ずるものであるといわなければならない。ただ、無効な行政処分には前に述べた公定力ないし適法性の推定がないのであるから、無効確認訴訟においては、行政処分にそのような効力のあることを前提とする訴願前置、出訴期間、事情判決に関する特例法第二条、第五条、第一一条の諸規定を準用することはできないのであつて、その限りで、取消訴訟とその扱いを異にしなければならないが、これらの点を除いては、その扱いを異にすべき合理的理由は全く見あたらない。殊に、特例法第三条が、抗告訴訟の被告を行政庁と定める趣旨は、この種の訴においては、行政処分の適否が争いの直接の目的となるのであるから、国または公共団体の機関としてその権限に基いて行政処分をした当該行政庁に形式上当事者能力を認め、直接これをして攻撃防禦の方法をつくさせ、当該行政処分を擁護させることが、訴訟手続上も、訴訟の適正妥当な解決をはかる上にも便宜であり、かつ原告にとつても利益である、とするからにほかならないのであつて、通常の民事訴訟において、原則として法律効果の帰属主体のみを被告とすべしとする要請は、この種の訴訟における前記の要請から後退させられているものと見なければならない。そうだとすれば、この趣旨は、取消訴訟に準ずべき無効確認訴訟の場合にも異なるものとは到底考えられない。

従つて、無効確認訴訟の被告は、特例法第三条の準用により、取消訴訟におけると同様行政庁であり、かつ、これのみが正当な被告であると考えざるを得ない。

そうすると、本訴において、高石町農委の定めた買収計画の無効確認を求める訴は、当該行政庁である同町農委のみを被告とすべきものであり、また、被告府知事のした買収処分の無効確認を求める訴は、同様行政庁である被告府知事のみを被告とすべきものである。従つて、本訴のうち、国及び府知事の両名を被告とする買収計画無効確認の訴、国を被告とする買収処分無効確認の訴は、いずれも被告適格を有しないものを被告とする不適法な訴であるから、これを却下すべきものである。

第二、そこで、以下、府知事を被告とする買収処分無効確認の訴について順次判断する。

(一)  まず、被告府知事は、本案前の抗弁として、本件各土地は、原告が前所有者難波田文子から昭和二一年二月二八日譲り受けたものであるが、本件各土地は農地であるから、当時施行されていた農地調整法により関係官庁の認可を受けなければならないのに、これを受けていないから、右譲り受けは無効であり、原告はその所有者ではない、従つて、所有者でない原告は本件買収処分の無効を訴求する法律上の利益を有しない、と主張するので判断する。

成立に争いのない乙第一号証と、証人新井さだ、同難波田文子、同笹谷新助、同笹谷新吾の各証言(いずれも後記信用しない部分を除く)によれば、本件各土地は、もと難波田文子の所有であつたところ、同人方は昭和八、九年頃その事業に失敗し、親戚にあたる原告方からその頃数回にわつて借金し、そのかたに本件各土地を差し入れていたが、右借金の返済ができないため、代物弁済として本件各土地を原告に譲渡し、昭和一一年二月二八日付不動産売渡証書(乙第一号証)を登記原因証書として、昭和二一年四月二三日その旨の所有権移転登記を経たことが認められ、右の事実によると、本件各土地が原告に譲渡された時期は、一応昭和一一年二月二八日であるように見える。しかし、前記各証拠に、証人中野浅吉、同仁木保、同中村直二の各証言を綜合すれば、さらに次の事実が認められる。すなわち、右不動産売渡証書(乙第一号証)の作成日付は、初め「昭和廿拾壱年弐月弐拾八日」と記載されていたのを、「廿」の一字を抹消して「昭和拾壱年弐月弐拾八日」と訂正してあること、笹谷新助は原告の夫として、右乙第一号証の作成、これに基く登記手続まで全般の事務を処理した者であつて、その間の事情につき詳細に証言していながら、右「廿」の一字を抹消した事情についてのみ明確な証言をしていないこと、昭和一〇年前後から右移転登記を了した昭和二一年に至る約一〇年あまりの間において、原告または夫笹谷新助が、本件各土地の所有者として行動したと認むべき形跡が全くないこと、反対に、本件各土地の耕作者である中野浅吉、中村直二等すべての関係人は、いずれも難波田文子ないしその母である新井さだを所有者であると考え、かつ、これを所有者として扱つてきたこと、笹谷新助は昭和二一年頃になつて、始めて中野浅吉に対し本件各土地の所有権を譲り受けた旨申し述べたこと、前記約一〇年あまりの間、新井方と原告方の借金の精算が行われていなかつたこと、かような事実が認められる。

これらすべての事実を綜合して考えると、前記の不動産売渡証書(乙第一号証)の作成された時期は、その当初の作成日付である昭和二一年二月二八日であり、ほかに特段の事情の認められない本件にあつては、右時期に本件各土地の所有権が難波田文子から原告に譲渡されたものと認めるのが相当である。そして、本件各土地は、後に認定するとおり、当時農地であり、また当時施行されていた農地調整法(昭和二一年法律第四二号による改正前の農地調整法)第五条によれば、同法第六条の場合を除き、農地所有権の譲渡については、地方長官または市町村長の認可を受けなければその効力を生じない定めであつたから、右認可手続を免れるために、所有権譲渡の日付をあえて遡らせたものと推定するのが相当である。証人新井さだ、同難波田文子、同笹谷新助、同笹谷新吾の各証言中、以上の認定に反する部分は信用できない。

そうして、右所有権譲渡が前記農地調整法第六条各号のいずれにも該らない場合であることは明らかであり、また、これにつき地方長官または市町村長の認可を受けなかつたことについては、原告の明らかに争わないところであるから、右所有権の譲渡は無効であり、原告は本件各土地の所有権を取得しなかつたものといわなければならない。

しかし、原告は実体上所有権を有しなくても、少なくとも登記簿上の所有名義人であり、その限りでは、なお真実の所有者である難波田文子に対し、当該登記の抹消、移転など法律上の義務を負う関係に立つのであるから、これが義務の履行を妨げる本件買収処分の無効を訴求しうる法律上の利益を有するものといわなければならない。従つて、この点に関する被告府知事の抗弁は理由がない。

(二)  そこで以下本案について判断する。

まず、高石町農委が、本件各土地を自創法第三条第一項第一号に該当する農地であるとし、原告に対し、同法に基き、うち(イ)(ロ)の土地につき昭和二三年一〇月二日、(ハ)の土地につき昭和二五年七月二日をそれぞれ買収の時期とする買収計画を定め、被告府知事が、右各買収計画に基いてそれぞれ買収令書を発行し、各買収令書がいずれも原告に交付された(ただし交付の日時の点を除く)ことは、当事者間に争いがない。

(三)  原告は、本件各土地は農地でない旨の主張をするので考えてみる。証人中村直二、同中野浅吉、同日根浅吉、同山本ヒサノ、同山野義一、同仁木保の各証言によれば、本件土地はもといずれも荒地であつたが、うち(イ)(ロ)の土地は、昭和一六年頃から開墾耕作され、昭和二四年春頃まで引き続き、米、ジヤガイモ等が栽培され、また(ハ)の土地は、昭和一三、四年頃から本件買収当時まで、引き続き水田として耕作されていたことが、認められるから、前記の昭和二一年二月当時及び本件買収計画の行われた昭和二三年ないし昭和二五年当時、それぞれの土地がいずれも耕作の目的に供せられていたことが明らかである。原告は、本件各土地はその所有者において住宅建設の敷地とする目的で所有していたというが、その所有者が地上に住宅を建てようとしていた形跡は全く見られないし、かりに、所有者の主観的な意図がそのようなものであつたとしても、本件各土地が、相当の長期間にわたつて、客観的に耕作の目的に供せられていた以上、農地であると認めなければならない。いわんや、原告の主張するような、本件各土地が住宅地帯のなかに存在し、耕作の継続が環境上許されないという事情は、本件各土地を近い将来において宅地にするのが相当であるかどうかの判断をする場合の理由づけにはなりえても、本件各土地が現況農地であるかどうかの判断には関係がない。また、(ロ)の土地が、買収後、小学校運動場の敷地となつた(このことは当事者間に争いがない)ことも同様、買収当時農地であつたかどうかの判断に無関係である。従つて、本件各土地が買収当時農地でないという原告の主張は理由がない。

(四)  原告は、本件各土地は小作地ではない旨の主張をするので考えてみる。証人新井さだ(後に信用しない部分を除く)、同中野浅吉、同山本ヒサノ、同中村直二、同仁木保、同山野義一の各証言を綜合すれば、本件各土地の管理処分はすべて、所有者難波田文子からその母新井さだに委せられていたところ、(イ)(ロ)の土地は、昭和一六年頃、はじめ中村直二ほか附近居住の隣組員数名が、新井さだから、地主において必要なときはいつでも明け渡す約束で、無償で借り受け共同で耕作していたが、昭和二二年頃からは中村直二が一人で引き続いてこれを耕作してきたこと、(ハ)の土地は、昭和一三、四年頃、中野浅吉が、新井さだ方へ女中に行つていた姉山本ヒサノを通じて、新井さだから賃料のとりきめなく借り受けて耕作を始め、昭和一六年応召し昭和二〇年十二月復員するまで同人の留守中は、その父中野房吉が引き続いて耕作し、その間、多少の金員および農作物を賃料の意味をも含めて新井さだに支払い、その後、昭和二一年頃になつて原告からその所有権を取得した旨の申出を受けてからは、原告を所有者と考えて、これに米五升を納めていたこと、がいずれも認められる。証人新井さだ、同笹谷新助、同笹谷新吾の各証言中、右認定に反する部分はいずれも信用しない。そうして、所有者たる難波田文子ないし新井さだが、右各耕作者に対し、耕作の禁止ないし土地の明渡を求めた形跡はない。

このような事実から見れば、中村直二は、(イ)(ロ)の土地につき所有者難波田文子との間の使用貸借に基き、また、中野浅吉は、(ハ)の土地につき同じく難波田文子との間の賃貸借ないし少くとも使用貸借に基き、それぞれ適法に小作していたものと認めるのを相当とする。従つて、小作地でないという原告の主張も理由がない。

(五)  次に原告は、本件各土地は、自創法第五条第五号により「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として、買収除外の指定を受くべきものであるのに、これが指定をしないで、買収計画、買収処分をするのは違法であり、かかる買収計画、買収処分は無効である旨の主張をする。自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」は、市町村農地委員会または都道府県農地委員会において、買収から除外する指定をすべきもので、これをしないで買収することはもとより違法である。しかし、当該買収処分が、単に違法であるにとどまらず、当然無効であるというためには、右瑕疵が重大かつ明白な場合に限るのであつて、当該農地の具有する非農地への高度の転移性が、買収当時において、買収処分を行うことと絶対に相容れない程度に、特段顕著に認められる場合、たとえば、当該農地が市街地に孤立する小農地であつて、その四囲に住宅や商店が密集し、極めて近い時期に宅地に転化せざるを得ない必然的状勢にあり、従つて、農地の所有者からその所有権を奪つてこれを耕作者に与えることに、ほとんど何等の意義も価値も認めることができないような場合のほかは、買収処分を無効ならしめる瑕疵には当らないものと解するのが相当である。証人中野浅吉、日根浅吉、笹谷新助、山野義一、仁木保の各証言によるも本件各買収当時において、本件各土地につき、非農地への高度の転移性が右の程度に特段顕著に存するものとは認められないから、この点に関する原告の主張は理由がない。

(六)  さらに、原告は、本件各買収計画樹立の農地委員会の議事録の不存在、ないしその記載の不完全をもつて、本件各買収計画が高石町農委の適法な決議に基かない違法がある旨の主張をする。ところで、買収計画は、市町村農地委員会において、自創法の定めるところに従い、買収すべき農地の所有者の氏名、住所、当該農地の所在、地番、地目、現況、面積、対価、買収時期などにつき具体的に審議の上、その決議により定めなければならないことは、いうまでもないが、右の決議があつたかどうか、その決議の内容がどのようなものであつたかは、必ずしも議事録の記載によつてのみこれを判断しなければならないというものではない。そこで、

(1)  まず、(イ)(ロ)の土地に対する買収計画樹立の農地委員会の議事録が現存しないことは当事者間に争いがない。しかし、右議事録がないからといつて、ただちに、これに関する高石町農委の決議がなかつたとか、また、右買収計画が決議に基いていない、とかいうことにはならない。そして、成立に争いのない乙第二号証、証人仁木保、同山野義一の各証言を綜合すれば、昭和二三年七月二六日高石町農委において、(イ)(ロ)の土地につき前記の諸事項を審議の上、決議によりこれに対する買収計画を定めたことを認めるに充分である。従つて、(イ)(ロ)の土地に対する買収計画が高石町農委の決議に基かない違法のものであるとすることはできない。

(2)  次に、成立に争いのない乙第四号証によれば、(ハ)の土地に対する買収計画樹立の委員会の議事録に、買収さるべき農地の地番、地目、現況、面積等具体的な記載のないことが明らかである。原告は、これをもつて、買収対象たる土地を特定しない決議であり、かつ右の具体的な諸点について決議がない旨の違法を主張するが、右乙第四号証と成立に争いのない乙第三号証、証人仁木保、同山野義一の各証言を綜合すれば、昭和二五年三月一〇日の高石町農委において、(ハ)の土地につき前記諸事項を審議の上、これに対する買収計画が定められたことを認めるに充分であるから、これに関する原告の主張は失当である。

(七)  以上のとおり、本件買収計画及び買収処分には、原告の主張するようなこれを無効とするほどの違法はない。

そこで、被告府知事に対し本件各買収処分の無効確認を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却すべきものである。

第三、原告は、被告府知事に対し抹消登記手続を請求するのであるが、この訴は、本件買収計画、買収処分の無効確認訴訟に関連する現状回復請求の訴として、これに併合せられた通常の民事訴訟であるから、その被告は、権利義務の主体たりうるものでなければならず、被告府知事はこの訴につき当事者能力を有しない。従つて、本訴のうち右の部分は、不適法な訴として却下すべきものである。

以上の理由で、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 平峯隆 松田延雄 山田二郎)

(別紙省略)

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